エッセー

「愛すべき縁側の来訪者たち」#1

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子供のころ大田区の洗足池の近くに住んでいた。小さい庭と一寸腰かける用の縁側の付いた家だった。南を向いた縁側はよく日の当たる場所だった。自分用の勉強机の直ぐ近くに縁側が有った。
そこにある日、ノラにしては容姿の整った雌猫がやってきた。すわり姿がきちんとしていた。
後々私が“演技賞”と名付けたが、哀れそうな風情で擦れた細い声をかけて来る。毎回お腹が空いていることを訴えている様子が見てとれた。母が煮干しを混ぜた残りご飯を出してやると美味しそうに食べた。
食事中の“演技賞”に顔を近づけて、「美味しいか?美味しければお礼に“ウオン・ウオン”と云いながらお食べ。」と云った。すると直ぐに“ウオン・ウオン”と声を出しながら食べ続ける。“演技賞”は言葉が通じるよと思った。
やがて“演技賞”のお腹が日増しにどんどん大きくなってきた。その後暫く姿を見せなくなった。

数日後、日の沈んだ頃“演技賞”の哀れそうな微かな声が縁側から聞こえる。見るとお腹がすっきりしている。母が「赤ちゃん産まれたの?お腹空いたろう、沢山お食べ。」と何時もの煮干し入りご飯を多めにやると美味しそうに全部食べた。
その後立ち去るときに、「赤ちゃん見せに連れておいで。」と声をかけた。「ニャン」と小さく応えて闇に消えた。

又、暫く日にちが過ぎて、暗くなってから“演技賞”が現れた。
子供を一匹連れて、見せに来た。後ろ足の内側にだけ、母親似の三毛の部分を残したグレーの男の子だった。それからは毎日この“グレー”を連れて現れるのが日課に成った。
やがて“グレー”がご飯を食べられるようになると少しずつ自分の分を分けて食べさせていた。その都度“ウオン・ウオン”と云う声を出させながら、“演技賞”がこの家ではこうやって食べるのだと躾けをしている様だった。

”グレー“はみるみる成長し、元気なヤンチャ盛りの子猫に成長した。
そんなある日”グレー“を何時もの通り連れてきた。”演技賞“はご飯を食べずに”グレー“に食べさせ始めるとこの子を置いて立ち去った。
それからは”演技賞“は姿を見せず、”グレー“はこの縁側と庭で一日中遊んで過ごしていた。夜だけはどこか”演技賞“のいるねぐらに戻る様だった。朝は門に近い花壇の縁の”竜の髭“に仰のけに寝そべって、父、兄、私と、出かける人をその都度お腹を出しながら目線だけで見送っていた。
また、母が庭いじりをする日には、その作業をするところを寝そべりながら等距離を保ってじわじわ移動し、興味津々に見守って過ごしていた。

そんなある日、“グレー”が妹かガールフレンドを連れてきた。
まず、“グレー”だけ現れて何時もの通りご飯を貰う。少しだけ食べて、すっと塀の外に消えた。その後直ぐに二匹で現れた。少し小柄なオレンジ色の猫だった。
ためらう”オレンジ“を縁側の上に誘う。やがて自分が親から教えられた様に”ウオン・ウオン“と云わせながら食べさせている。それから数日二匹で現れてはご飯を分け合い、庭で遊んでいく。
週末の午後、兄がスルメを棒の先の紐に付けて猫釣りを始めた。洗足池でザリガニ釣りをやっていたのと同じ要領だ。“グレー”も“オレンジ”も良く引掛った。
今度は段ボール箱を持ち出し、罠を作り始めた。中にスルメの切れ端を入れ、獲物が入ると紐を引っ張り支え棒が落ち、閉まる仕組みだ。まんまと”オレンジ“が罠にかかった。
それからが大騒ぎに成った。”グレー“が心配して上に乗っかり、必死にニャーニャーと声を嗄らして泣き叫ぶ。箱の中でも”オレンジ“が助けてくれと泣き続ける。
やって来た母が、一目見て状況を知り、兄を叱った。「早く出してあげなさい。」兄が箱を開けると、”オレンジ“はキョトっとして、周りを見回す。その後、脱兎のごとく塀の隙間から逃げ出した。”グレー“も必死で後を追いかけた。
それ以来”オレンジ“は二度と姿を見せなかった。

”グレー“も数日間ヘソをまげたのか姿を見せなかった。
少しすると、ケロッとこの出来事は忘れた様にご飯を貰って、”ウオン・ウオン“言いながら食べ、縁側で日向ぼっこをし、庭で一日遊んで帰っていく。
また、”グレー”は虫を捕まえるのがうまかった。蝶々やバッタから、セミもよく捕まえていた。大きな甕の中に水草と共に子供の頃に洗足池で捕まえた小さい魚たちの生き残りや、子孫たちもかなりいた。この魚たちにも興味を示していたが、まだ上手くは捕まえられなかった。
そのうち、ネズミの死骸が戦利品として誇らし気に庭先の目立つところに置いてあった。母からは、叱ると捕らなくなるから褒めてやりなさいと教えられた。しかし、あまり素直には褒めてやれなかった。穴を掘って埋めるのは私の仕事だった。
その後も2回程ネズミの残骸が同じ場所に置かれていた。でも何と無く歓迎されていないのは伝わったかもしれない。それっきりでネズミは卒業した。
やがて、甕の魚も捕まえるようになった。身を隠しながらじっとチャンスを待ち、魚が表面近くに浮いてくるのを待って、捕まえた。してやったりの誇らしげな顔をしていた。この様な”グレー“の幸せで、安穏な日々は続いた。しかし、やがて“グレー”にとって試練の日々がやって来る。

次回は試練の日々についてお話します。

以上

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イチゾウ

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団塊世代、重厚長大産業出身、第二の人生真っ只中。

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