特集

第3回 タイの日本人僧、プラユキ・ナラテボー師との出会い

「東北部のチャイヤプーム県にあるお寺で、 日本の方が出家されているから、みんなでお会いしに行こう!」
1993年、恩師である鈴木規之先生は、タイ語を学ぶ学生たちにこう呼びかけました。すると、私の中のある記憶がよみがえりました。
高校生の時よく読んでいた雑誌に『タイの日本人出家僧』という記事があり、質素な小屋で修行に励まれている修行僧のことが書かれていたのです。実はその記事を読んだとき、大きなショックを受けていました。日本を飛び出し、タイまで行って出家しちゃった人がいるのか〜、と。
月日が過ぎていたので、お名前までは覚えていなかったのですが、「もしかしたらあの雑誌に出ていた方かもしれない」と思いました。バックナンバーを取り寄せてみると、やっぱり!直接お会いする前から、不思議なご縁を感じました。

プラユキ・ナラテボー師。現在、森の寺スカトー寺の副住職さんでいらっしゃいます。プラユキ師は上智大学を卒業後、鈴木先生も学ばれたあのチュラロンコン大学大学院に進学されました。研究テーマは仏教と開発・発展。最初はフィールドワークの一環という思いで出家されたとのこと。しかし、修行の大切さをご自身でも痛感され、気づきの瞑想(チャルーン・サティ)の瞑想指導や心の苦しみを抱えた方の支えとなるなど、現在までの約30年間、僧侶として広くご活躍されています。

最初にプラユキ師にお会いした時の印象は、とても中性的な感じのする方だなあ、でした。物腰がとても丁寧で、優しい笑顔でじっくりと話を聞いてくださる姿勢に、私自身の心が穏やかになっていくのを感じました。ずっと疑問を持っていたタイ仏教についての質問にもわかりやすくお答えくださり、ますますタイ仏教のことに興味が湧いてきました。

初めて訪れたスカトー寺。これまたとても魅力的でした。森の中に寺があるというよりも、まさに森イコール寺。自然の中で本当に居心地がいいのです。朝夕の読経、朝1回の食事、僧侶の後についていく托鉢、瞑想、そして修行者や村の方たちとのふれあい。何もかもが新鮮でした。タイ語はまだほとんどわからなかったのですが、ここには私が今学ぶべきものがあふれている!と直感しました。

鈴木先生とプラユキ師とのご縁があってからというもの、アルバイトでお金を貯めては、大学の休みになるとタイを訪れるようになりました。特にスカトー寺には大学在学中何度も訪れ、異文化体験を深めていきました。
そしてある日、寺で仲良くなったタイの方たちから、一緒に森の中に行きましょうと誘われました。その時森の中で見たある僧侶の光景に、私は強いインスピレーションを受けます。次回はその体験をお伝えします。

<プラユキ・ナラテボー師について>
 
◇ツイッター: https://twitter.com/phrayuki
 ◇公式サイト「よき縁ネット」: http://blog.goo.ne.jp/yokienn
 ◇ご著書: 「気づきの瞑想」を生きる—タイで出家した日本人僧の物語
 ◇翻訳: 「気づきの瞑想」で得た苦しまない生き方-カンポン・トーンブンヌム」

 


noteにて「月間:浦崎雅代のタイの空(Faa)に見守られて」連載中。タイ仏教の説法を毎日翻訳しお届けしています(有料記事)。note : https://note.mu/urasakimasayo

 

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浦崎雅代

浦崎雅代

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1972年沖縄生まれ。東北タイ在住。タイ仏教に関する翻訳や通訳・気づきの瞑想ファシリテーター。note(有料記事)にてタイ仏教の説法を毎日翻訳
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