エッセー

「愛すべき来訪者たち」#3

グレーは飼い犬のスノーが羨ましくてしょうがない。それに比べ、ノラの自分はなんてわびしい思いをさせられるんだ。そう思いながらも、自分の立場にめげず毎日やって来る。
スノーが鎖につながれていると、安心して庭で遊んでいる。そうでなければ、スノーからよく見える位置の塀の上で日向ぼっこをしている。
そのうち隙を見て庭に下り、スノーの食べ残したご飯を味見した。また、木の上に登ったり、セミを捕まえたり、スノーにできないことをして見せていた。
しばらくはこの様な共存関係が続いた。

やがてある日、その小さな均衡が破れた。スノーが力をつけ、結び付けられていた杭ごと引き抜いて、庭中走り回りだした。その後は、毎日鎖は外された。スノーとグレーの追いかけっこが始まった。

しかし、本当の喧嘩はしなかった。すばしっこいグレーである。動きの遅いスノーに一撃を加え傷つけることは簡単に出来た筈だ。だが、スノーが吠え掛かると、抵抗して反撃姿勢を取ったのは始めの内だけだった。大概、さっと塀の上に身をかわすだけだった。
可哀そうだが、自分の立場を理解していたのかもしれない。

一方、スノーは自由に外の世界を見られるグレーがうらやましくてしょうがない。
自分は散歩に連れて行って貰っても、鎖が付いている。自由に好きなところに行かれない。
グレーは自分の知らない世界を好きなだけ味わっているのだろう。そうスノーには思えた。

とうとうその思いを抑えきれず、ある日スノーは脱走を試みた。
木の門の引き戸に爪をひっかけて、隙間を作った。そこに鼻づらを入れて、徐々に押し開けることを覚えた。
第一回目は、門のところでガタガタと物音がした。体を通して、すり抜けたところが見えた。すぐに、庭先のつっかけを履いて、追い掛けた。

逃げる。逃げる。やっと得た自由だ。どんどん走る。大通りもなんのそのだ。
車が沢山走る側道を白い長い毛をなびかせて、必死に逃げる。
こちらが追いかけるとかえって、周りも構わず逃げるので危険だ。追うのを止めた。

家の方に帰りつつ、角を曲がるときに、横目でスノーのいる方を見る。
大通りの歩道上をこちらの様子を見ながら、右に左にふらふらと寄り道しつつ引き返してくる。結局は、大した探訪もせず、すごすごと我が家の前に引き返してきた。素直に捕まえられた。

脱走からの一部始終をグレーは塀の上から見届けた。お前バカだなと思ったかもしれない。
車道を逃げた危なさをひとしきり叱られて、脱走第一幕は終わった。

第二幕は、雪の日だった。
庭に積もった雪に大変な喜び様だった。庭の中で駆け回ったり、転がったり散々遊んでいた。こちらも安心して、目を離していたら、姿が見えなくなった。門の戸が少し空いている。今度はなかなか帰ってこない。探しに行くと、商店街の脇道のかなり先の方にそれらしき犬の姿が見える。雪が解け始めていたので、スノーも既にグレー色に成っている。この時は未だ遊びたらないらしく、近づくと逃げた。

夕方近く、辺りが薄暗くなってきた。やっと、家の方への曲がり角の辺りをうろつく黒い犬の姿が見えた。ぬかるみで泥だらけだ。首輪が無ければスノーとは分からない。野良犬然とした恰好だった。
この時もひとしきり叱られた。この日は雪で寒いので、グレーはどこかに潜んでいて見ていない。
その後、風呂場で洗われて、真っ白な元のスノーに戻ると綺麗でしょと言わんばかりのポーズをとって澄ましていた。

第三幕の脱走は野犬狩りにつかまった。荒縄で縛られて帰ってきた。
連れてきたオジサンに心づけを払って釈放して貰った。
荒縄を解かれてもこの時スノーは焦りまくっていた。このオジサンの手荒な扱いに命の危険を感じたショックだろう。今食べなければ食べられないと思ったらしい。自分の食べ残しのご飯に必死にむさぼりついていた。
スノーのいない間、庭に降りていたグレーもこのオジサンの雰囲気に異様さを感じたらしい。すぐ物陰に身を隠した。
そこからこの一部始終を、グレーは見ていた。ドジな奴だなと思っていただろう。

その様な事件が起きながら、時は過ぎた。
やがて、グレーは若い雄猫として、新しいテリトリーを求めて武者修行に出る時期が来たらしい。数か月姿を見なくなった。

ある日突然姿を現した。顔には戦った後の傷が残っていた。締まった顔つきだ。体もそれなりにしっかりしてきて、若い雄猫に成りつつあった。スノーに向かっては、近づくなと威嚇しながら庭に下りてくる。もう遠慮したそぶりは見せない。スノーの方が間合いを取りながら移動している。グレーは花壇や甕の周りなど虫や魚を捕まえたお気に入りの場所を移動する。我が家の庭に未練を残しているそぶりだ。しばらくいて塀に上り姿を消した。その様な事を何日か繰り返した。

その後、今度は一年半以上姿を見せなかった。
ある日、縁側で日向ぼっこをしながら、庭を見張っていたスノーが、突然立ち上がって、塀の外に向かって緊張した視線を走らせていた。その後直ぐに、グレーが姿を現した。

すっかり若武者らしい一回りも二回りも大きい引き締まった体つきに成った。
顔には新しい喧嘩の傷跡がいくつかはっきり見て取れた。そのせいか、もともと“演技賞”似のハンサムな顔が精悍で魅力的になった。雌猫にもてそうな顔だ。もうスノーの事は無視している。家の塀の上を二往復した。かつて自分の育った場所を何事か思いながら、上から眺めていた。

その時何となく、お別れをしに来たのかなと思った。
そのうち塀の上のグレーとほんの一瞬顔が合った。「ニャー」と声をかけると「ニャー」と一声応えて身をひるがえし、塀の外に消えた。
それ以来グレーは姿を見せなくなった。

次回はその後のスノーの成長、我が家の変化とその他の来訪者の話です。

 

イチゾウ

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団塊世代、重厚長大産業出身、第二の人生真っ只中。

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