人生へのまなざし

第6回 「安心」

がんがわかったとき、私があまり動揺しなかった理由は、半年間続いた乳房の痛みの正体が分かり、見えない不安から解放されること、それ以外にも、大きな理由がありました。

それは、検査の結果を待つ期間に出会った、ある医学博士の言葉でした。

知人に連れられて参加した中医学の勉強会。講師を務めていたのが、順天堂大学に勤めている医学博士のR先生でした。
その日の講義のテーマはちゃんとあるのだけれど、参加者から質問が投げかけられると、それがたとえ的外れだったとしても、その質問者に「よい質問をしましたね」とばかりに笑顔を向けるR先生。

そして、まるでその質問の内容がこの日のメインテーマのように、 真摯に、しかも中国の古典や哲学、心理学などを交え、裏付けをもって普遍的に語っている。そして流れるように、また本題に戻るのです。

勉強会が終わったあと、私は思いきって話しかけ、いま自分が乳がんの検査の結果を待っている状態だと伝えました。
R先生は目の前にいる私に、心配しすぎる様子も、そして大げさに励ます様子もなく、穏やかな表情でこう言いました。

「検査の結果がよければ、そのことを喜びましょう。もしがんだとわかっても、『いまわかってよかった』と安心しましょう」

物静かで優しい語り口が、その言葉をより深く、私の心に届けてくれました。

私は幸か不幸か、自分にとって都合のいい言葉は単純に自分の中に取り入れてしまうところがあり(^^;; 加えて、このときはすでに自分の中で「がんなのではないか」という思いに傾いていたので、
「そっか、たとえ、がんがわかったとしても、いまわかってよかったのだ」と、落としどころを見つけたような気がしました。

いま思えば、このときの私には、数日後に宣告される「がんである」という現実を、なるべく安心した状態で受け止める力が必要であり、R先生は、このときの私に一番ふさわしい言葉をくださったのです。

数日後、がんがわかったとき、もちろん私はR先生にメールで結果を報告しました。
そのときの言葉は

「つらいことがあるかもしれないが、一緒に乗り越えましょう」

その言葉通り、このとき以来、R先生はずっと私を支えてくださっています。

抗がん剤治療の副作用に苦しんでいるときも
抗がん剤治療が怖くて一度、断ってしまったときも
見た目が病人になってきて、鏡の中の自分に愕然とした日も
手術を終えたあと、麻酔の副作用にもがいているときも
仕事に復帰するときも
他人の心ない言葉に傷ついたときも
そして、見えない不調を抱えたいまも。

私は先生の鍼灸の治療を受けながら、言葉から安心を得ています。
この先生から安心を得て、本来の健康に導かれている人は私だけではありません。
私は、R先生が語る「いのちの本質」や「健康」に対するとらえ方を学びたいと、中医学を学び、西洋医学の知識も勉強しました。中国の古典にも触れ始めました。

「安神定志」 中医学の言葉で「安心することで自分に戻る」という意味です。 文字通り、安心を与え続けてくれた人。私が病気を通して本来の自分になれる力をくれ、そのことを信じてくれた。

がんを生きる私の人生の第二幕に欠かせない「メインキャスト」のお一人です。

 

 

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Rie

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Rie
東京都生まれ。2015年5月に乳がんが分かり、半年間の抗がん剤治療を経て左乳房全摘出。現在もホルモン療法を続けている。これまで新聞記者、雑誌編集者などを経験し、がん患者やその家族、医療関係者などを取材してきたが、自分ががんになったことで、そのときには見えなかったこと、感じられなかったことを体験。病気を通して得た出会いのなかで、生きることの喜びとは何か、本当の健康とは、そして病とは人間にとってどのような存在なのかを追い求め、ご縁のあった方に自分の体験を通して気づいたことをお伝えしている。かつて取材を通して出会った「がん友」とも再会し、互いに病気を通して感じたことを分かち合っている。本当の健康の意味、知識について深めたいと、昨年、「健康予防管理専門士」の資格も取得。現在は中医学を学んでいる。

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