エッセー

「愛すべき来訪者達」#5

母の大決心により家を移ってから、物事の流れが変わった。
父と母が夜遅く何事か真剣に話し合っている姿を見なくなった。妹も、家族と共に引っ越してきた普通の転校生として同級生に受け入れられた。ずっと長い間親友として、親しく付き合っていく女の子の仲間の中心になっていた。自信がついたのだろう。積極的に何事も挑戦する子にスクスク育っていった。

スノーは脱走の自由の味を覚え、飽くなき努力で色々の知恵を身に付けた。チョッとした留め金は開けてしまう。近所のお年寄りが訪ねてくると、気配を察知し、扉の前で歓迎する素振りで纏わり付き扉が閉まる前にすり抜ける。散歩に連れて行って貰うが、それよりずっと魅力的らしい。それもその筈、年頃になり、恋の相手を物色に出かけているのだ。

脱走を繰り返すうち、又、野犬狩りに捕まった。再び体を荒縄で縛られて、帰って来た。恐怖心に溢れた表情で、焦っている様子がありありと見て取れた。これだけは、慣れる筈もない。前回同様、僅かのお金を払い、縄を解いてもらった。しかし、恋の力は強い。これにめげず、脱走は続く。遂にお腹が大きくなってきた。

それから暫くの後、スノーは三匹の仔犬の母親になった。真っ白なスノーとは似つかない、黒と白のコンビネーションの色合いの仔達だ。初めての母親役、スノーは苦手の様に見受けられた。面倒見が余り良くない。親から世話をよくやいて貰えない仔犬を外に置くわけにいかず、成長するまでと、家の中に入れて育てる事にした。
この時も、先ず自分を心配してくれと云わんばかりに、三匹の仔犬達はさておき自分が先を争って入ってきた。「お前はバカ親だね」と言われて、それを理解しているようで、ばつの悪そうな顔をしていた。改装した前の玄関のスペースがスノー一家の住まいになった。

仔犬達は人間の方に可愛がられながら順調に育った。みんな器量には難があったが、愛嬌のある盛りだ。母の顔で瞬く間に貰ってくれる先が決まった。流石にスノーは仔とのお別れの時は、顔を舐め、お尻を舐めてやって母親らしい振る舞いをした。その後数ヶ月経って、買い物に連れて行って貰ったスノーが、乾物屋さんで仔犬と店先で対面した。その時も直ぐ自分の仔と認識して、顔やお尻を舐めて綺麗にしてやっていた。その他の仔は遠くの家に貰われ、対面する機会は無かった。

スノーはこの後、家の中で飼われることになり、すっかり家族の一員になった。相変わらず、誰かストレスを貯めていそうな人がいると、その膝に乗り手を舐める。ストレスを解消する意味か、スノーと抱えている人が一緒に生あくびを連発した。やはり一番母の膝の上に居た。

スノーは、私の事は自分と大体同等と思っているらしかった。
その頃、私は大学と夜間の英語学校に毎晩通っていた。帰宅は常に10時頃になる。それから夕飯を食べていると、スノーは隣の椅子に座り、「自分の食べているものと違う、分け前を寄越せ」と云わんばかりににじり寄ってくる。私の食べているものは何でも食べた。沢庵はいい音をさせて食べた。しかし、椎茸だけはどうしても感触が苦手らしく、何度も噛んで味わった形跡はあるが、いつも足元に残してあった。

そんな日々が続いている週末のある日、新しく急造した玄関の壁の中で、鳥がもがいてバタバタと音をさせているのに気が付いた。地震と地盤沈下が原因で、元の建物との繋ぎ目の外側に、少し隙間ができていたらしい。大きな鳥に脅かされて、逃げ込んだのかも知れない。しかし、そこから出られなくなって必死でもがいている。つい不憫に成って、玄関の上のモルタルの隅に小さい穴を空けて中を覗く。丁度小鳥と目が合った。必死で助けてくれと訴えているのが伝わった。

穴の所にドライバーを入れて、モルタルを隅の処で、三角形に内側に剥がした。小鳥が出て来られそうなサイズに止め、ほんのチョッと壊した。暫くの後、小鳥が姿を現した。シジュウカラだ。慎重に玄関から応接間の様子を伺っている。その内、意を決して、応接間のピアノの上に飛び移った。直ぐにそこで、出口を探しているというのが分かった。素早く玄関の扉を大きく開きストッパーで止めた。シジュウカラは風の入って来る方向を見定めていた。そして素早く玄関から外に飛び出した。

近くの大きな木の梢で、高らかに、「ぴー!ぴー!ぴー!」と体に似合わぬ大きな声を張り上げて、暫く鳴いていた。「助かったよー!生きているよー!うれしいよー!と仲間に伝えているようだった。

次回は、別の窮鳥が我が家に飛び込んで来た話とスノーとのお別れの話です。

 

イチゾウ

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団塊世代、重厚長大産業出身、第二の人生真っ只中。

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