エッセー

病と付き合うとき #1

小さい頃、いわゆる腺病質でよく病気にかかり、寝てばかりいた。父兄面談での学校の先生の話はいつも決まっていた。 「学業云々より、まずは健康第一にして下さい。」 細い首に不釣り合いに頭が大きい。手足も細い。走れば頭が重いせいかよく転ぶ。外にあまり出ず、病気で寝てばかりだから、青白い顔をしている。真っ黒で精悍な兄とは正反対だった。

学校で流行る病気には、いの一番で罹る。風邪、食中毒、流行性感冒、風疹、百日咳、麻疹、おたふく風邪、等々、それに加えて、鯖等の青物魚や自分の汗が刺激になり、アレルギー性蕁麻疹がおこる。病気のデパートだ。これに加えて、頻繁にひきつけを起こした。これは、外でも予測不能で起こすため、家族はもとより、学校の先生から、道端で出会う様々な人に助けてもらった。

ひきつけを起こす、原因は自家中毒か、疲労が原因だった。
学校給食が始まったばかりで、脱脂粉乳とコッペパンが基本だった。これにおかずが付いた。野菜の煮物とマーガリンかジャムの一方のみが付いたりしていた。時々コッペパンが揚げパンに成り、砂糖が付いていた。みんなに人気のこのご馳走を、半分くらい残して食べるのだが、油が消化しきれずに夕方近くの下校時に成ると自家中毒を起こした。これが分かってから、好きだけど食べるのを控えるが、他の食べ物でも体調が悪いと起こした。

タイミングが悪いと、道端で倒れた。その様な時は、少し前に自分で病の気配を感じていた。その為、頼れそうな年配の人に気分が悪いと言って気を失っていたように思う。近所の病院に何とか連れて行ってくれた。ある時は、踏切で横断中に気分が悪くなり、踏切番小屋のお兄さんのところに倒れこんだ。この時は救急車で運ばれた。

いつも夜になって気が付くと、病院のベッドで横たわっていた。頭が重く、太腿がリンゲル注射でパンパンに腫れ上がり痛んだ。吐いたのと、浣腸でお腹の中は空っぽの状態だ。その夜のうちに退院する。記憶では父が毎回迎えに来て、背負われて帰った。

翌日から、回復のコースは定番で決まっていた。一日目、リンゴの擦ったの。二日目、リンゴ半分。三日目、リンゴ一個。四日目、三分粥塩味のみ。五日目、五分粥と梅干し。六日目、全粥で白身魚の煮つけ少し。毎回往診してくれる女医さんの無慈悲な固い顔が、ひもじい思いと結びついて嫌いだった。

そんな時は、治ったら食べたいものを順番に数え上げながら、絵に描いた。いつも誕生日には、年に一度の御馳走でバスに乗り、大森の不二家でチョコレートパフェを食べさせてもらった。それから、ビフテキも食べさせてもらった。そんな時の絵を描いていると気が紛れた。

また、毎日寝てばかりで、よく夢の中で寝床から抜け出した。友達と頻繁に遊びに行った洗足池の周りを空中遊泳みたいに徘徊した。いつも西郷さんと勝海舟の石碑が祭られるところの一角に行った。次いで、桜山の隣にあるお化け屋敷。画家が住んでいるという古い洋館だ。実際は柵で仕切られていて近づいたこともない。鬱蒼とした木に囲まれた家の周りを、見て来たかのように探訪した。

この様な調子で、毎回一週間以上お休みだ。学校に出始めても、体育の時間は見学だけ。先生にしてみれば危なくて、運動させられない。体力もなく、授業中集中力が持たない。直ぐ欠伸をし始める。話を聞いていない。虚弱児丸出しの子供で、よく学校が受け入れてくれたと感謝しかない。トットちゃんが、小学校一年生で、教室から外往く人ばかり見ていて、転校させられたのと同じ学校だった。

母は父の事業失敗の繰り返しや、女性問題で、悩んでいた。親戚の伯母に導かれ、宗教団体に入った。そこで厳しい指導を受け、自分で納得がいかない。その指導を飲めずに悶々として帰ると、私が必ずひきつけを起こしている。「そう云うことで飲まざるを得なかった」と後年聞かされた。そういう事も繋がりがあったのかと思った。

一方、健康で活発な兄は、同じ学校の二年上で、よく学校で喧嘩をしていた。喧嘩が強く逃げ足が速い。やられた相手の仕返しの先は、私がターゲットに成った。学校の帰り道で、いきなり殴られたり、どぶ川に落とされる。何故やられるのか分からずに、擦り傷や、泥に汚れた姿で、泣きながら帰った。相手はいつも年上のお兄さん達だった。

そんな病弱の小学生に二つの転機が訪れる。

 

イチゾウ

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団塊世代、重厚長大産業出身、第二の人生真っ只中。

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