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第7回 2年間のタイ留学:多様な暮らしぶりにふれる機会

1995年、琉球大学を卒業した私は、そのまま大学院へ進み、指導教官の鈴木規之先生のもとで「開発僧」の研究を始めました。その頃にはタイへの留学を考えていて、ちょうどタイミングよく文部科学省の奨学金を頂くことができ、タイのチュラロンコン大学大学院に1年間の予定で留学しました。平日は大学院に通い、週末にはバンコクから8時間ほどかかるスカトー寺へ行き本格的な調査のための準備を行いました。

ただ当初から、1年では留学期間が短いと考えていたので、留学半年後からは現地でアルバイトを2つ始めてお金を貯め、留学を延長しました。1つが在タイ日本人のお子さんの家庭教師。そしてもう一つがタイの企業で日系企業のコンサルタントをしている会社でした。その会社の社長さんは東大で博士号を持つ中華系タイ人で、まさに超エリート。日本語、タイ語、英語、中国語を巧みに使いこなす秀才といった感じでした。私はそこで日本語の資料を作る手伝いをしていました。

チュラロンコン大学。サイトBankokbusiness.com より転載

留学先のチュラロンコン大学もまた歴史ある国立大学で、そこに通う学生たちはほとんどが恵まれた環境で生活していました。学生が高級車に乗っていたり、ブランド品を身につけていたりして驚かされました。私は定員の関係で大学寮には入れず、タイの友人のつてを頼り、アパート一室にタイ人と3名で暮らすことになりました。家賃は当時一人1か月4000円ほど。同室のタイ女性2人は2人とも地方から出てきた苦学生で、タイ語のまだよく分からなかった私をいろいろサポートしてくれました。タイの人と一緒に暮らし、彼女たちのライフスタイルを肌で感じられたのもとても新鮮でした。例えば、大きなベッドに並んで寝たり、台所らしい台所はなく、屋台でご飯を買って食べたり。夜遅くまで彼女たちはよく勉強をしていました。

週末には、東北タイのスカトー寺へ。都会生活とはまた一転しての田舎です。ガタゴト道を走り抜け、ソンテオというトラック改造型バスに揺られての旅は別世界への入り口のよう。埃まみれの赤土の大地、水牛つかいの少年たち、木と木の間に器用に吊るされたハンモック。心地いい風に吹かれながら、開放感を味わいつつ、森の寺での体験、瞑想修行、村人たちとの対話に日々新鮮な学びを得ていました。

同じタイという国でも、こんなに多様な世界があるのか。。大学院での学生生活、家庭教師宅での在タイ日本人の暮らし、アルバイト先での超エリートな人たちとの関わり、そしてスカトー寺での自然豊かな田舎暮らし。この4つの世界を行き来する2年間の留学生活。いくつもの異なる世界を体験できたのは、学生というある意味「学びの特権」を得ていたからこそだったと、今では思います。

現地に暮らすことから見えてくる、決してひとくくりには語れないタイの多様な魅力に、私はますます惹かれていったのでした。


noteにて「月間:浦崎雅代のタイの空(Faa)に見守られて」連載中。タイ仏教の説法を毎日翻訳しお届けしています(有料記事)。note : https://note.mu/urasakimasayo

 

浦崎雅代

浦崎雅代

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1972年沖縄生まれ。東北タイ在住。タイ仏教に関する翻訳や通訳・気づきの瞑想ファシリテーター。note(有料記事)にてタイ仏教の説法を毎日翻訳
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