エッセー

病と付き合うとき #2

虚弱体質で病気がちだった私に、小学三年生の時、第一の転機が訪れた。母が学校に頼み込んで、夏休みのプール教室に通わせてくれた。先生は体が大丈夫か心配したようだった。スパルタ式の水泳教室だ。他の生徒と同じ様に扱われた。二十五メートルプールの深い方から飛び込ませられる。躊躇っていると、突き落とされる。五メートルの処に竿が出されている。そこまでともかく泳ぎ着けということだ。溺れて水を飲み始めると救い上げてくれる。

これを毎日バタ足の練習の後、何回かやらされる。段々泳げるようになると、五メートルのところに有る筈の竿が上げられてしまう。また、溺れる。救い上げられる。これの繰り返しだ。その内、まがりなりにも息継ぎが出来る様になった。その夏の終わりには、二十メートルまで、息継ぎをしながら泳げるようになった。もう浅いところで自分の足が下に付けた。

これは自信に成った。二十メートル泳げるようになりましたという修了証書をもらった。初めて手にした努力の結果だ。うれしかった。これを切掛けに少しずつ積極的で、健康な子供に成る入り口に立てた。しかし、二、三ヵ月に一回、ひきつけは起こした。ついに赤門の大学病院の脳神経科に通うことに成った。

先生から話しかけられ、答える様子や挙動をまじまじと観察された。子供心にも何か変なところに連れてこられた気分だった。脳波も何度も取られた。脳波にも少し乱れが有り、一時間に一回位、一秒にも満たない間、意識が途切れているという。これは大人になっても治らないと言われた。但し生活に不自由はないとのこと。

その内、担当の先生が、脳の病気で有名な京王線沿線の病院に移り、こちらに通うようになった。親にとってはショックだったようで、子供をこの病院に通わせているとは言えないと漏らしていた。当時では、子供の間でこの病院には、偉い天皇だ、大将だと称するような人が沢山入院している処と聞かされていた。何か困ったことに成ったのかなと思った。

しかし、先生の施した治療が、第二の転機に成った。成長ホルモンを投与し、早く大人にすることで、ひきつけを起こさない体にしようということだ。

五年生の時だった。薬を投与されてから、突然声変りが起き、髭が生えてきた。体も大きく、がっしりし始めた。身長も伸びた。クラスで後ろから二番目に並ぶことに成った。体力が付き、病気にも強くなった。得意の水泳は、学年で一番速くなった。勉強の成績も見違えるほど良くなった。病弱で遠足に行けない頃は、母が美術展に連れて行ってくれた。ピカソの絵などを見ていた。その為か、絵画も絵の先生が驚くような抽象画を描いた。小学校の生徒でこんな絵を描く子は初めてだと言われ、展覧会に入選したりした。何もかもが様変わりに成った。

それでも、ひきつけは年に一、二度起こした。もう自家中毒ではなく、疲れで起こることが多かった。それも不思議なことに、特定の場所に行くと起こした。父は、子供のころ養子に出されていて、実家は鎌倉だった。そこで毎年夏を過ごした。海で泳ぎ、釣りをし、また、色々な処を探訪して回り、楽しく過ごした。だが、必ずここで高熱を出すか、ひきつけを起こした。中学一年生の時が最後だったが、やはり鎌倉で起こした。

病の気配を呼び起こす何かがあるのかなと感じていた。今に成って思うと、鎌倉は御家人同士の争いや、新田義貞による鎌倉炎上で、多くの人が死んでいる。山に囲まれた狭い地域で、色々なところを掘ると骨が出る。材木座海岸の砂も掘ると下には頭蓋骨が並んで埋められているようなところだ。そこで夢中になって楽しく遊びまわっているが、何かが働きかけてきて、疲れてしまうのかもしれない。不思議な感じがしていた。

私がどんどん健康になり、体力面で兄と拮抗するようになった。このころより、兄弟喧嘩が近所でも有名に成る位激しくなった。喧嘩は兄の方が上手い。先制攻撃でパンチを見舞い、相手を怒らせて隙だらけにする。良くやられた。ただ捕まえてからの体力勝負は互角だった。よく家中のガラスが割れ、襖が踏み倒された。近所のガラス屋の上得意に成った。

次は兄弟の体調が逆転する話です。

 

イチゾウ

イチゾウ

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団塊世代、重厚長大産業出身、第二の人生真っ只中。

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