人生へのまなざし

第8回 別れ

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皆さま
更新が滞っていて、すみませんでした。
7月31日に夫が急逝しました。

わずか2日の入院での突然のお別れに、これまで感じたことのない、
身を引きちぎられるような思い、喪失感を味わっています。

数日前までそこにいた人。たとえ会話をしていなくても、当たり前の風景として視界の中にあり、ちょっとした咳払いや足音も、「生活の音」として無意識のうちに馴染んでいた、その空間がある日「当たり前」ではなくなってしまったことが受け入れられませんでした。

前の日まで「今日も幸せだったよ」と口にしていた夫を、私はもっと幸せにしてあげたかった。定年退職してから亡くなるまでの半年間、毎日、仕事に行く私に、玄関先で「今日も輝いて!」と言って送り出してくれた。その言葉がお守りとなって、私は一日を笑顔で過ごすことができました。
がんの治療中も「大丈夫、Rieは守られているから」という夫の言葉に、文字通り「守られて」いたように思います。いつも、親指を立てる「いいね」のポーズで私を励ましてくれました。遺影には、そのポーズをしている写真を使いました。

幸せな瞬間を思い出すたびに、同時につらさも押し寄せて来ます。
毎日、遺影の前で、「私はそんなに強くないのだから逝かれては困る」「だから片時も離れずそばにいないとダメなんだからね」と訴え、亡き夫に心配をかけることで、半ば強制的にそばにいてくれることを迫るような約1ヶ月半でした。

この間、たくさんの人の支え、励ましの言葉や思いをいただきました。
出会う方の言葉やメールのひと言ひと言、本を開いて目に飛び込んできた一節、運転中にラジオから流れてきた曲の歌詞。その一つ一つが、いつしか夫からの贈り物のように感じ始めていきました。もちろん、姿がなく、声が聴けないのは寂しい。でも、また別の存在として、いま、夫との関係を構築し始めた自分もいるような気がしています。それはもう「信じる世界」なのかもしれません。

「もう大丈夫」とは、到底言えるような状態ではありませんが、四十九日を機に、もう一度、ブログに向かおうと思いました。
思いを綴るということは自分と向き合うということ。その作業の中には痛みも伴うこともあります。でも、この痛みは、幸せであったことの証でもあるので、感じ切って、味わっていこうと思っています。

 

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Rie

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東京都生まれ。2015年5月に乳がんが分かり、半年間の抗がん剤治療を経て左乳房全摘出。現在もホルモン療法を続けている。これまで新聞記者、雑誌編集者などを経験し、がん患者やその家族、医療関係者などを取材してきたが、自分ががんになったことで、そのときには見えなかったこと、感じられなかったことを体験。病気を通して得た出会いのなかで、生きることの喜びとは何か、本当の健康とは、そして病とは人間にとってどのような存在なのかを追い求め、ご縁のあった方に自分の体験を通して気づいたことをお伝えしている。かつて取材を通して出会った「がん友」とも再会し、互いに病気を通して感じたことを分かち合っている。本当の健康の意味、知識について深めたいと、昨年、「健康予防管理専門士」の資格も取得。現在は中医学を学んでいる。

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