人生へのまなざし

第9回 もう一人の自分

夫が亡くなってまだ数日しか経っていないとき、ある方がくださった言葉があります。
その方は私のつらさに十分共感してくださった上で、静かにこう言いました。
「難しいかもしれないけれど、悲しんでいる自分を、もう一人の自分が客観的に見るように」。
まだ現実さえ受け止められない私は、「そんなことできるわけがない」と訴えました。そして、心のどこかで「愛する人を失ったばかりの人になんてことを言うのだろう」と反発さえ覚えたのです。

しかし、その方と別れた後から、なぜかその言葉が頭から離れなくなりました。

悲しんでいる自分を、もう一人の自分が客観的に見るように。

相変わらず涙はとめどなく流れてきます。朝、家を出るときは「大丈夫」と思っても、家に帰ってくると、身を引きちぎられる思いにかられます。そんなとき、もう一人の自分が語りかけてきます。「この涙はただ悲しいだけじゃなくて、一緒にいた時を懐かしく、愛おしく思う気持ちだよね」「幸せだったね」「今でもそばにいると信じたいよね」「思いきり泣いたらバラエティ番組を観て大笑いしようね」(笑)

「悲しい」という私の気持ちの中には、喪失感と同時にたくさんの感情があることを感じることができました。
ともすれば喪失感による悲しさに心が支配されて、私自身の体と心を痛めてしまうのではないか。もともと呼吸器が弱く、がんを体験してまもない私のことを心配し、
その方はあえて受け入れがたい言葉を言ってくださいました。
本当に感謝しています。

私が学んでいる中医学では、悲しみや悲嘆の感情が多すぎると肺のエネルギーを弱めてしまうと教えています。
また、四季の中でも、秋には肺を痛めると説かれています。
案の定、夫が亡くなってから2か月以上、呼吸器の調子がおかしく、鼻水も続いていましたが、なんとか秋を乗り越えました。

悲しみは常にあります。でも、こうして悲しみを活字にできる自分を取り戻しました。
故人への慈しみの思いを募らせながら、前に進んでいきます。
「もう一人の自分」は知っています。すごく弱いけれどすごく強い私を。

 

Rie

Rie

投稿者の記事一覧

Rie
東京都生まれ。2015年5月に乳がんが分かり、半年間の抗がん剤治療を経て左乳房全摘出。現在もホルモン療法を続けている。これまで新聞記者、雑誌編集者などを経験し、がん患者やその家族、医療関係者などを取材してきたが、自分ががんになったことで、そのときには見えなかったこと、感じられなかったことを体験。病気を通して得た出会いのなかで、生きることの喜びとは何か、本当の健康とは、そして病とは人間にとってどのような存在なのかを追い求め、ご縁のあった方に自分の体験を通して気づいたことをお伝えしている。かつて取材を通して出会った「がん友」とも再会し、互いに病気を通して感じたことを分かち合っている。本当の健康の意味、知識について深めたいと、昨年、「健康予防管理専門士」の資格も取得。現在は中医学を学んでいる。

関連記事

  1. 人生100年時代を考えてみる
  2. 「死」に映る「業」
  3. 真っ暗な空にこそ、星は輝く 第2回
  4. 真っ暗な空にこそ、星は輝く 第1回:診断…天国と地獄を同時に味わ…
  5. 第4回 思いのこもった言葉に正しいも間違いもない ②大丈夫
  6. 不祥事続きの日本企業を見て、ほとけさまなら何と言うだろう…
  7. 第3回 見ているけれど、見えていないもの
  8. 第8回 別れ

新着記事

家族の諸行(因縁によって生じたこの世の一切の事) 「母の場合」#2

父母の結婚式の写真が残っている。海軍の提督が、仲人に成っている。白い海軍正装姿の父と着物姿の母だ。戦…

真っ暗な空にこそ、星は輝く 第3回

大人になってからADHD(注意欠陥多動性障害)と診断された私が、子供の頃からの苦しい経験を振り返って…

ヤッシーのきまま見聞録⑨

私の名前はヤッシー。会社人生は終わった人ですが、第二の人生はこれから。会社の重しが取れた身軽さで見た…

ほっとけないお話② ほっと家坊主の気になるあれこれ(映画編)

いい映画は、後々まで余韻を残す。できれば恍惚感が一番いい。でも、どうしようもない苦しみや悲しみ、やり…

最近の若いもんは!(ミレニアル世代から学ぶこと…)

「最近の若いもんは、…」というのは頑固親父の口癖ですが、このセリフ、古代エジプトの古文書にも書いてあ…

お姉ちゃんはすごいです。

3歳になった孫のTちゃんが家族で我が家にやって来ました。お母さんは妹のSちゃん1歳を抱っこしてい…

PAGE TOP