人生へのまなざし

真っ暗な空にこそ、星は輝く 第6回

大人になってからADHD(注意欠陥多動性障害)と診断された私が、子供の頃からの苦しい経験を振り返って見えてきた、さまざまなコトを綴ります。一人でも多くの方のお役に立てることを祈って。

個性と特性を発揮できた吹奏楽が救いに

「自分が変われば相手も変わる」ことを実感し、友達といい関係を築けるようになった高校時代。卒業後、私は2年間の全寮制の専門学校へ入学しました。そこでは法華経を学び、日常生活のあらゆる出来事を法華経の教えに照らし合わせて考えます。
でも、友達とうまく関われない原因は自分だとわかっているし、何がいけないのかもわかっているのに、自分をセーブできなかったり、そもそも理解できないこともあったり…。
頭ではわかっていても単純にそれができないこともあり、頭の中はいつも焦りと混乱で、むしろショートしてしまうことが多く、ボーっとするような毎日でした。クラスでも寮でも馴染めなくなり、一人でいることが多かったです。

挨拶だけでもしてくれる子はいましたが、休日はみんな仲良しメンバーで出掛けてしまうため、独りぼっちが寂しかったです。うまくやろうとすると、それは自分の個性をなくすような気がして本当に難しかったです。
授業で、みんなで輪になっていろいろなことを話し合う“法座”の時間があるのですが、みんなの話が全く頭に入ってこず、ストレスを感じ、机に頭を伏せてしまうこともありました。周りから、「ちゃんと聞こうよ」と白い目で見られるたびに、ちゃんと聞けない自分が嫌で、でも聞かなくてはいけない状況のため、頭の中はごちゃごちゃで、気が付くとパニックを通り越していつもボーっとすることが多かったです。
入学直後と卒業前に自分自身のことについて作文を何枚も書き発表することがあったのですが、何を話せばいいのかわからず、わかったとしても、頭の中のエピソードをうまくまとめられず、個室で学級担当がつきっきりで一緒に考えてくれました。

そんな学校生活の中で、唯一の救いだったのは、吹奏楽サークルでした。
母親の影響で絶対音感のある私は、幼い頃からずっとピアノを習っており、いくつかのメロディーが重なるハーモニーが大好きだったため、吹奏楽の素晴らしさに感動していました。
入学してすぐに入った吹奏楽サークルでは、管楽器をやるならコレ!と思っていたアルトサックスを担当することができ、嬉しさと楽しさで毎日練習していました。

5月に初めて触ったアルトサックス。初めてマウスピースをくわえた時は音も出ませんでしたが、7月には定番曲のソロが吹けるようになり、指揮者の先生が驚きつつも「8月のステージで吹いてみよう! 君は1000年に1人の逸材だ。」と認め、勧めてくれ、本番はソロを吹かせていただくことができました。
楽しいことはトコトンな性格なため、自分にとっては普通のことだったのですが、誰もが「えー!?本当にサックス初めてなの!?」と驚いていました。
サックスも好きでしたが、私の飛び出るような個性を高く尊重してくれた指揮者の先生や、私の良い所ばかりを見て褒めてくれるサークルの仲間が大好きで仕方ありませんでした。もしこのサークルがなかったら、私のこの2年間や卒業後の生活はどうなっていたのだろうと思います。

多分この人生で一番辛く悔しかったことだと思うのが、この学校の卒業式で創立者から直接贈られる賞のことです。どんな人に贈られるのか、未だによくわかりません。なぜなら、当時私が聞いた説明では“この学校の卒業生として最も相応しい人に贈られる賞”だったからです。無遅刻無欠席とか、マラソンで一位とか、誰がどう見てもわかる賞ではなかったのです。

でも、「学校を休まなかったり、講話をしっかり聞いていたり、朝夕のご供養にちゃんと出ていた人がもらえるらしいよ。」という噂を耳にしていたため、不明確ではあったものの、「これならできるかもしれない」と、自分という存在を認めてほしい一心で頑張りました。しかし、私はその賞をもらうことができませんでした。
その賞をもらった先輩や同期、後輩に共通していたのは、私から見て『友達を大切にでき、友達に愛される人』でした。この2年間の自分なりの努力を認めてもらえず、正直、人格を否定されたような感覚でした。“〇〇らしさ”という、抽象的なことをとらえるのが難しいのはADHDの特性によるものかもしれません。

ERIKO

ERIKO

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茨城県生まれ。幼い頃はおてんばで、木登りやかけっこをしては傷だらけの少女だった。
物心つく頃から人間関係で悩むようになり、自分を含め、あらゆる命がなぜその姿でこの世に誕生するのかを問うようになる。

23歳で看護師になるが、度重なるミスに上手く対処出来ず、うつ状態になる。
24歳でADHD(注意欠陥多動性障害)と診断を受け、治療薬を内服し始めると、ミスは激減。それまで苦手と感じていたあらゆる物事が徐々に解消され、人生が大きく変わっていく。
患者さんと接する中で、「私にしかわからない気持ちを、あなたは理解してくれる。あなたが担当で良かった。」と言われたのをきっかけに、自分自身のこれまでの人生を人の幸せのために役立てたいと思うようになる。

現在は看護師をしながら、東京都杉並区を中心に活動している『Let it be〜発達障害の子を持つ親の会〜』で、当事者としての思いを共有し、当事者だからわかる子供たちの気持ちを代弁している。

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