僧侶

  1. 第7回 2年間のタイ留学:多様な暮らしぶりにふれる機会

    1995年、琉球大学を卒業した私は、そのまま大学院へ進み、指導教官の鈴木規之先生のもとで「開発僧」の研究を始めました。その頃にはタイへの留学を考えていて、ちょうどタイミングよく文部科学省の奨学金を頂くことができ、タイのチュラロンコン大学大学…

  2. 第6回 気づきの瞑想との出会い〜「いま、ここ」の手〜

    スカトー寺を初めて訪れたとき、見慣れない風景に出会いました。それは瞑想の様子でした。瞑想というと、皆…

  3. ホームレスの神様、路上生活の文殊様【後編】

    私は自分の体験から、困窮者・貧窮者への支援の思想・哲学に関心を抱くようになりました。その契機となった…

  4. 第5回 開発僧(かいはつそう)の存在を知る

    休みになる度にタイを訪れるようになった大学時代。私は興味を魅かれる方たちに出会いました。開発僧(かい…

  5. 第4回 バナナで火を消すお坊さま

    大学の恩師、鈴木規之先生と、スカトー寺副住職プラユキ・ナラテボー師との不思議な縁を通して、私はますま…

  6. 第3回 タイの日本人僧、プラユキ・ナラテボー師との出会い

  7. 第2回 恩師との出会い

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家族の諸行(因縁によって生じたこの世の一切の事) 「父の場合」#8

ガルシアは、治療の甲斐あって、徐々に体力を取り戻した。マイアミのニカラグア人コミュニテイーで、小規模…

「がらがら本(ガラガラポン)」 ~はじめに言葉ありき~

第一話 「おたふく風邪と、あ・い・う・え・お」僕は、小学校3年生まで文字が読めなかった。言葉…

家族の諸行(因縁によって生じたこの世の一切の事) 「父の場合」#7

1980年8月、日本で世界選手権が開催された。最終番の日本対キューバ戦は最高潮で迎えられた。当日は、…

「ボールをどこに投げたらいいか?」

父は、少年野球のコーチでした。私も在籍したチームのコーチを25年もやった人でした。暑い日も寒い日も、…

ジャイアン②

私のある意味“すごい”特徴の一つに、「限りないうっかり者」があげられる。小学校の頃を思い返す…

【ヤッシーのきまま見聞録⑥】

私の名前はヤッシー。会社人生は終わった人ですが、第二の人生はこれから。会社の重しが取れた身軽さで見た…

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